バルタン婆さんの傘

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    今夜、松山・道後「ぶんぶく句会」での、空さんとの約束ともなった「平成浮世風呂」の第四話。ささやかに、お届けする夜であります。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    朝風呂常連の婆さんたちの中で、一人だけ、群れに入らない婆さんがいた。顔見知りではあるようだが、群れない婆さん。骨太で、痩せて、背が高く、目がギョロっとデカくて、ドスがきいた、男みたいな骨格。
    誰かに似てるな…と、よくよく眺めていたらバルタン星人に似ていることに気付いた。以来、ワタシはこっそりバルタン婆さんと呼んでいた。

    その朝のミストサウナは、いつも以上に豪快な蒸気を噴き出していた。辛うじて自分の足元がみえるだけの蒸気の中、石のベンチの定位置に座ったら、すぐ横でいきなり声がした。
    「アンタなあ」
    ギョっとした。誰かいるとは思わなかったからだ。じっと目を凝らすと、濃い蒸気の中にバルタン婆さんが座っていた。婆さんはいきなり尋ねてきた。
    「オネエサン、あんた独りモンかな」
    まだ再婚する前だった私は、そのうち再婚しますなんて惚気たことをいうのは、こっぱずかしかったものだから「ハア…一人です。けど、なんで一人モンやって分かるんですか」と問い返した。
    「あんたの歳で、こんな時間に一人でしょっちゅう温泉に来とるんは、独りモンに決まっとらいな」と、彼女はちょっとえらそうに決めつけた。「こんな時間に風呂でふらふら遊びよるいうことは、水商売ぢゃろげ」と、これまた決めつけてきた。「水商売できるほど色っぽいヤツやと思うてもろたんやったら、光栄やワ〜(笑)ある意味極道な商売で御飯食べさしてもろとるけど、ま、子どもらも育てんといけんし、ボツボツやらしてもらいよります〜」と笑ったら、「なんや、子持ちのバツイチかや…」と、それきり黙り込んだ。

    ロビーの横の休憩室。
    バルタン婆さんがいた。洋服を着るとますます男っぽかった。心の中で、バルタン婆さんちゃうな、バルタン爺さんやな…と思った。バルタン爺さんは、他のホンマもんの爺さんたちに混じって、喫煙コーナーのソファーで煙草をふかしていた。爺さんたちとも距離を置いているらしく、背を斜に向けて、横目でテレビを睨んでいた。

    玄関まで出ると、生憎の雨。おいおい、せっかく風呂浴びてエエ気持ちやのに、濡れて帰れっちゅーのかいと…空を見上げていたら、後ろで声がした。
    「オネエサン、傘貸しちゃろわい」
    「あ、けど…」
    「かまんのよ、もう一本持っとるけん。骨が折れとるけどが、濡れて帰るよりはよかろげ」
    「あ、じゃあ、お借りします。あのぉ、今度はいつここに来られますか?そん時にお返ししますんで」
    「返してもらわんでもエエような傘やけどが、毎週水曜にはここに来よらいな」

    以来、意識して水曜日には朝風呂に通ったのだが、当のバルタン婆さんとはなかなか会えなかった。ワタシの温泉用ビニールバックには、いつもバルタン婆さんの傘が突っ込まれたままだった。

    人に物を借りていてなかなか返せないというのも、ささやかな気重だが、だからといってどうすることも出来ず、あれよあれよというまに気がつけば半年ほど経っていたある朝、源泉掛け流しの湯舟で、金壺婆さんにつかまった。また金壺婆さんの女一代記を聞くのはちょっと閉口な気分だったので、こっちからバルタン婆さんのことを尋ねてみた。
    「背の高い、目のギョロっと大きいオバサンに傘借りたんですが、最近全然会えんのですよ」
    「背の高い…いうて誰ぞいなぁ…そんで、最近来てないゆうたら…あ!キワ子さんかや」
    「キワ子さんですか、あのちょっと男っぽいオバサン」
    「…そうかや、アンタ、キワ子さんに傘借りとったかな…けどな、その傘もう返さんでエエぞな」
    「でも水曜日にはここに来るっていいよったし、気長に待ってみます」
    「いや、そうやのぉてな、キワ子さん…死んだんよ」
    「エッ?!」

    彼女を発見したのは、隣の家に定期的に通っていた民生委員さんだったそうな。そういえば姿をしばらく見てないなと気になったらしく、彼女の家に声をかけてみたという。玄関には鍵がかかっていたが、庭の方に回って中を覗き、居間で倒れたままの彼女を発見したらしい。

    死因は肺炎。食べ物らしいものはどこにも何一つなく、端の端まで吸い尽くした煙草が数本、灰皿に残っていたのみだったという。家族も子どももなく、親戚らしき人間がいるにはいたらしいが、結局のところ所在が分からず、彼女の遺骨は近くの寺の無縁塚に納められたという。

    そして、私の手元には、骨の折れたままの傘が残った。返そうにも返すことができない傘が一本。婆さん、この傘どうしたもんぢゃろかと問い掛けてもみたいが、この春の夜空のどこに、婆さんのバルタン星があるのか、私に分かるはずもない。

    コメント
    そういやあ、どうも、うちの玄関には、正体不明のビニール傘が、あっちこっちに・・・
    この前も、玄関を出た、エレベーターの前に、大き目の透明ビニール傘が・・
    それは、そうだったのか・・
    まあ、ボクは、よっぽどのことがない限り、その、女風呂には、入れんがねえ・・。
    • 兼光
    • 2009/03/13 11:59 PM
    俳句がうまいひとは文章もうまいと常々思っておりましたが、組長の文章、読ませますね〜(拍手!)。

    ブログでただで読ませていただくのがもったいない感じです。大手出版社から本にして夏井いつきの名をひろめましょう〜!100年俳句計画の一環として。
    • 更紗
    • 2009/03/14 12:02 AM
    (独り者ン?)って聞かれた時は、ツレは亡くなったって言ってます。
    • 姫海童
    • 2009/03/14 12:36 AM
    バルタンばあさん、自分の行く末を読むようやったです。私の場合は、お腹を空かせたネコが壁をカリカリやって発見されるのかも。・・・。物語にのめり込みました。もっと読みたいよ〜〜
    • しんじゅ
    • 2009/03/14 1:06 AM
    なんか、せつない話。 
    バルタン婆さんの人生。わからないけど、いろいろあったんでしょうね。

    組長の話の隙間に、その婆さんの生きざまのようなもの感じました。

    しかし、今の世のなか、このような終末多くなるでしょうね。ひとごとぢゃなくって。
    • 稲穂
    • 2009/03/14 6:32 AM
    バルタン婆さん、ひとりで逝ってしまったけど、幸せだったかもしれませんね、長く病院にいて、しんどい思いするよりは・・・最近、いろいろな事を考えさえられます。
    • 野市アンパンマン
    • 2009/03/14 7:17 AM
    泣いてしまいましたがな。
    普通に風呂に入っててこんなドラマがあるんかいな〜〜

    私も独身時代仕事帰りによく東道後でひとっ風呂浴びて
    帰るのが好きだったので、勝手にあそこで想像さしてもらってます。
    • 天玲
    • 2009/03/14 9:10 AM
    俳人は言葉を吟味しなければならないからでしょうね。ホント只でこんな洒落た短編連載読ませてもろて得した気分。
    • ノリピー
    • 2009/03/14 9:54 AM
    バルタン婆さんの潔い最期。
    私はひとつの理想だと思います。
    最後まで、自分の足で好きな温泉通って、誰にも迷惑かけずに、密かに旅立つ。
    しかも、最後の最後に、気まぐれで声をかけた俳人とその一味の心にいつまでも残る。
    最高です。

    しかし、組長の執筆力(この内容でこの速さ!)にも、感動です。
    道後でお別れしたのは、十時回っていましたよね。
    • 2009/03/14 12:13 PM
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